2007/06/18

シャドウ・ワーク

一応、僕なりに「解釈」をまとめてみました。どうでしょうかね?
ってか、この本は独自に定義されている用語が多すぎて、まさに「解釈」っていう、意味する通り、用語集ちっくになってますね。ここを読んできちんと定義を理解していかないと、本文で内容がぐちゃぐちゃになりそうです。

最終章「解釈」
◎「1項」
自分としては特に、人類の3分の2が現代の産業時代を経験するのを避ける事が、いまでも可能であるということをあきらかにしたい←Tools for conviviality 1973

今日のエネルギー高消費社会の発展にある種の「限界闘値」を設定しようとする。彼はこれを「分水界」と呼び、医療の面から最近の第2の「分水界」を1955年以降とみなしている。

問題は、産業的に強度化された市場社会の生産性と生活の様式に基礎づけられた以上な科学技術の進歩にある→技術と人々の多次元的なかかわりが評価の査証とされなければならない

学校化によって学ぶ事をわすれつつある社会、加速化によって自分の足で歩く事を忘れつつある社会、医療かによって自分で癒す事を忘れつつある社会

非自立化は世界が50年代後半の「分水界」以後、身近に広がってきた。

あたかも影のごとくはたらいて市場を媒介に産業的な制度化をひたすら推進する「専門家的権力」の姿を捕捉されなければならない

深く、かつ広範なクライシスを回避するためには、産業的に制度化された現在の文明をなんらかの形で転換させるよりほかには途方はないであろう

◎「2項」
inversion:とは、内側にめくり返すことをいう。もとより権力奪取を意味するものでわない:P281

人間の経済というものは、原則として人間同士の社会関係、すなわち地域のコミュニティのなかに埋まっているものだというのがそれである。

「市場経済を社会のなかへ再び埋め込むという作業こそが、現代の最大の歴史的課題であるとされる←(K.ボラニー「人間の経済」Ⅰ・Ⅱ)

ヴァナキュラー:「根付いていること」と「居住」を意味するインド・ゲルマン語系のことばに由来する
。生活のあらゆつ局面に埋め込まれている互酬性の型に由来する人間の暮らしでああって、交換や上からの配分に由来する人間の暮らしとは区別されるもの:P283

我々が必要としているのは、交換という考えに動機づけられていない場合の人間的活動を示す簡単で率直なことばである

ヴァナキュラー

人々が日常の必要を満足させるような自立的で非市場的な行為を意味することばなのだ。その性質上、官僚的な管理からまぬがれているその行為は、それによってその都度独自の形をとる日地上の必要を満足させるものである。ヴァナキュラーというのは、この目的に役立つ旧きよきことばであるように思われる

domain:基礎「地域」に近いものととる:P284

コンヴィヴィアリティ:イリイチの定義→産業的生産性とは正反対の意味。人々がヴァナキュラーな領域をふまえて自立的な生を互いに分け合いながら拡充するモノ:P285

subsistence:市場経済、産業経済に対置されるキーワードである。これの含意する内容もかなり多義的である。自立、自存するための物質的、精神的基盤というほどの意味であると解される。それゆえ、「人間生活の自立・自存」として本書ではまとめた:P285


◎「3項」
イリイチによると、平和といるのは、それが民族的=人類的なレアリティをつたえるものでなければ、したがって歴史的な次元を含むものでないならば、ほとんど意味がない。

経済平和の挑戦こそが、現在の大きな歴史的課題である

イリイチさんは、「稀少性」という価値体系の問題を、独自の歴史的視点からとらえてなおそうとしている

歴史的過程を「稀少性」という概念の文化的伝播、普及の過程としてとらえようとすることは経済学において誰も取り上げなかったもの

影法師:専業主婦のイメージP289
シャドウ・ワーク:影の仕事→家事とか買い物のイメージP289

価格のないものさえもが、商品の世界と矛盾するものではなくなって、操作と管理を官僚的な開発が可能となる領域へと登場することになった

◎「4項」
母語:子供が習得する最初のことば、すなわち、ことばの最初の贈り手である母を含意させることば

「母語」という用語は、まさしく最初から制度的な主張に役だ圧用に日常の言語を道具かしたものであった

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