「B系」第4章4項
ここまでくるとログをとることも不快ですね(^^)だんだんわけがわからなくなってきます。
がしかし、内容は↓
<<<<<<<<<ログ>>>>>>>>
日本人が日本社会の特徴を歴史的にも論理的にも把握できなくなってしまったことは、多くの識者によって指摘されている。しかし、その指摘の多くは今日の社会の「耳」に届いているとはいいがたい。社会運動家やボランティア活動家もそのようなことはあまり把握していない
自発的な組織力は今日でも十分に生かせる。
日本の社会や文化には「自発性」が欠けていて、そこには真のボランタリズムがなかったということになる
日本で、実質的な経済文化を動かしてきたのは、伸縮自在で多様な編集性をおびたボランタリーな組織であり、そのような組織を出入りしていた人々、とりわけ「弱者」の烙印を押されているネットワーカーだった!
日本の伝統的なコミュニティ活動やネットワーク活動の自発性に注目するには、まずはこうしたネットワーカーの出入りする社会経済組織を除く必要がある。
どのように伝統社会を見るかということ自身が現在の課題である。
・・・・・「結」「講」「座」の視点から↓・・・・・
☆「結」
コミュニティの一人ひとりを束ねてひとつのモードを作り出すことが特徴
援助の貸し借りで成り立っている関係意識のこと
「結」の関係をきわだたせている条件:共有財→共同体の存続に必要な「場」のこと
「結」がモデルとなって大きな経済のしくみになることを知識結という。
勝手な意見を回避するために、活動の多様性を保障するためのもの
☆「講」
不確実性に対処する柔軟な組織としてはたらいた
全員が平等であるという原理
同業組合的な「講」には必ず寄合があり、さまざまな意思決定をした
福祉事業のルーツも「講」にあり
講システムは「大数の法則」にしたがっていない。講システムは講メンバーのさまざまな期待値の多様性に対応できる規模で成立し、分化する
☆「座」
伝統的共同体が「祭り」というイベントの実行システムとして、自発的につくりだしたしくみ
「座」が村落共同体の自治システムとしてあらわれる
「座」とは、このような共同体のロールを仕切るルールそのものであった
「座」のしくみとして重要な事は、そこには「衆議」が発生していたこと
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「結」や「座」の成立基盤はたんに強力な制裁があったからだけという単純なものではない
どのようにしてこのようなシステムにしたのか…
①「結」「講」「座」でがメンバーの自律性に応じてルールもロールも部分的に変化している
②協力し合うことが自分自身がルールにしたがっていることの発見につながっている
③これらの組織は適当な自己分割をもっている
ボランタリーコモンズやボランタリーネットワークが成立するには、メンバーがすすんで協力することが動機づけられる範囲、「埒」とよぶ編集領域が設定される事が必要なのである。
<<<<<今思ったことをまとめると…>>>>>>>
単純に、この項は長い…ログとるだけで、だいぶだれます…
まあ、結局この項で言いたいのはモード、場、自発性ってのがキーで、それを説明する上で「結」「講」「座」を出してきたんだろうなーーーーたぶん。
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