「B系」第4章3項
ではでは、続いて3項です。正直言って、ここはつまらないですねーーーーボクの心には響きません。
しかし、ログはこんと「まとめ」はこんなかんじです↓
<<<<<<<<<ログ>>>>>>>>
原始貨幣は特定の行為や目的のためにつかわれる特定目的貨幣であった。現代人はこれに抵抗があるようだが…
近代的貨幣は一元的に価格シグナルを示す貨幣という指標をもった現在の交換経済のシステムは、平等で、わかりやすく、しかも普遍的だとおもわれているから使用されているんだ!!
ゲオルグ:「貨幣という歴史的減少を、その理念と構造増を、その前提としての人間の価値感情、事物にたいする実践、および人間の相互的関係から展開する」
日本は元々物々交換だった。日本には一元的通貨がない代わりに、民間の自発性を利用した多様な通貨システムが試された。
その通貨システムから輸送するシステムなども生まれた
通貨や自称の特色が成立するには、閉じた地域共同体があるか、共通の経済文化システムがはたらいているという条件が必要である。
↓
逆からみれば、社会にユニバーサルな通貨が定着すれば、貨幣経済が「共同知」を媒介することはやや困難になってしまうということ
江戸時代の藩札や私札のように、将来的にはボランタリーコモンズごとに流通するコミュニティマネーを実現し、それらの交換レートを出たーべース化して、コミュニティごとの情報価値を含む交換を可能にすることがシナリオになるべきだ!!!!!
近代貨幣は編集的な交換過程を国家という強制力ですっかり省いてしまった
「共同知」にもとづく多様な価値交換プロセスが省かれてしまった!!
<<<<今思ったことをまとめると…>>>>
経済文化の視点でみてみると、いわゆる「自発性」から生まれたような原始的貨幣が国家という強制力のもと「客観性」を重視する余り、本来あった、「共同知」が損なわれ、近代的貨幣にとってかわられたのだが、やっと最近になって本来的な価値を取り戻す役割となるようなモノも現れてきたんだって…
こんなカンジかな?どう思いますか?
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